共通の想い|9月3日

病気であってもなくても、伴侶の力はスゴイ。
私が「今日はなんか体調が悪い」と言うと、
別に何もしてくれなくても「大丈夫か?」って言ってくれるだけで、
どんな薬よりも効き目がある。

夫が緩和病棟に入る前にも
何度か抗がん剤投与などで入院するたび、
私の貧弱な体でも落ちそうなくらい小さな簡易ベッドで24時間付き添ったけれど、
眠剤を飲まなくても直ぐに眠れた。
夫が寝返りを打つだけでもハッキリ目が開いたけれど、
またすぐに眠った。
究極の病気を抱えていても、
それでも絶大な精神の安定を与えてくれる存在なのだと、
今更ながら感じている。
今なんて抗うつ剤は飲むわ、眠剤は飲むわ、
それでも効かないから量が増える。
伴侶の持つ偉大な力はそれを知ってしまったら、
何をもってしても代替は効かない。
時々絶望感に苛まれて「死にたいな」と思うことがある。
だけど、そんなとき夫が残してくれた手紙を開く。
パソコンのデスクトップのメモ-29は常に視界にある。
若干躊躇しつつダブルクリックする。
「留美子は明るく健やかな残りの人生をできる限り長く生きて....」を読むと、
命を懸けて守りたいと思ってくれた夫の気持ちを踏みにじることになる。
泣きながら、少しズルイなと思いながらも自分に渇を入れる。

こんなことを延々繰り返しながら少しは変化して行くのだろうか。
友達が言ってくれる。
「忘れる事は一生無いと思う。それでもね、
きっと、きっと薄皮を剥がすように少しづつ少しづつ楽になって行くよ。
だって一番愛している人が一番愛している人を助けないはずないやん。」

信じよう。

伴侶を喪った者が一番に望むことは一度でいいから、会いたいということ。
だけど、生きているうちにその望みがもしも叶ったら、
もう二度と離れたくない、と思うだろう。
だったら会えばもっと苦しくなる。
これ以上苦しいのは勘弁してほしい。

私の精神は矛盾の連続。

生きてる限りは夫が望むように元気でいたい。
それが今の二人の共通の想いの全てなら。