私がガンになったら|7月23日

私がガンになったら。
夫の闘病中は、そんなことを真剣に考えるゆとりもなかったけれど、
漠然と楽に生きる方向を選ぶだろうと思っていた。
夫は、もしもその様な事態になれば、
自分の闘病から学んだ事を最大限に活かして、
出来る限り元気で長く生きて欲しいと言っていた。
一番大切な人を亡くした直後は、廃人一歩手前で、
思考能力の欠片もなくて
既に病人と化した自分からの脱却にもがきまくっていたから、
もはやガンであろうとなかろうと大して差を感じていなかった。

人は目的失くしては生きていけない。
病気を抱えた人間は、その病気と対峙して生きていくのが目的になる。
それが普通の考え方だろう。
でも、ごく最近までガンになったら治療はしない、と決めていた。
だから検査に行く必要性もなく、楽だなと思っていた。
それは夫を喪った辛さに、
もう出来る限り早く人生を終わらせたい、という思いが充満していたから
ガンになどなったらラッキーなのに、
その命を長らえてどうするの?などと短絡的に自分の人生を捉えていたから。
今は少し違って来た。
人生って色んなことが待ち構えている。
伴侶を亡くすというのも誰もが経験する普遍的なものだと言える。
あらゆる物質が溢れ、テクノロジーがどれだけ進歩を遂げても、
これだけは避けては通れない。
少し早くそれを経験してしまったけれど、
私を本当に必要とし、深く理解し、真剣に愛してくれた人が居る。
そんな幸せ過ぎる人生を充分に貰った。
その命を適当に考えていたら夫の思いを完全に無視することになる。
そんなことできるはずもない。

だから、生きようとするのかな。

闘病を目的として大阪府立成人病センターに通い続けた夫のように
自分らしく病気に向き合うのかな。
来年には大阪府立成人病センターが
大阪国際ガンセンターと名前を変えて開院する。

全てが脳裏に焼きついている病院はやがて跡形も無くなる。