夫婦を完結させる|7月12日

世の中に周波数の合う人間なんて殆ど存在しない。
好き嫌いが激しい私の場合、
単なる知り合いの関係であっても
私とは違う次元での話に加わる気はもうとうない。
自分の責任下で発生させた関係であるにもかかわらず
お互いのグチをこぼし、こぼしながらも努力は怠り、
平気で夫婦を演じているほど気味の悪い人種はないと思うけれど、
これが中々多い。
何かのはずみで知り合ったとしても二度と会わない事を祈る。
とは言え、夫に関しても、最初から「奇跡の出会い」などと思ったわけではない。
29年間という長い時間の中で
お互いを理解しようと懸命だったような気がする。
ただ懸命に努力をする意味のある関係になれるだろう、とは思っていた。

そして最終的に私達の関係が完結したと思ったのは
皮肉にも闘病生活中だったと言える。
だから、二人にとって、この闘病生活は無くてはならないもの、と言うことができる。
これは非常に大胆な見解だけど、
夫婦を完結させる、
即ち、これ以上お互いに理解を必要とすることがない域にまで近付くことなど、
世の中の殆どの恵まれた夫婦には不可能だろう。
奈落の底に落ち、
何度も這い上がり
尋常ではない精神状態の中でしか築けないものがある。
二人とも究極に傷付き、
どれだけ相手のことを考えても考え足りず、
不安や恐怖に苛まれ、
そこから少しでも脱却するにはお互いを励まし合うしか方法がない。
自分をさらけ出し、でも相手を思いやり、
自分の持つ全ての力を振り絞って支え合うしか生きて行く方法がないのだから。

そんな風に三年半生きた結果、
私たちの関係は完結してしまったと感じた。
だから夫は誇らしげな気持ちだと笑いながら命を消滅させ、
私にも後悔はない。
今でも三年半の充実した時間を思い出すと
満たされた気持ちになる。

それなら、
或いは夫の闘病生活は私たちにとって必要不可欠なものだったとして潔く認め、
一人を受け入れ、どんなに悲しい思いをしても生きて行くべきだろう。

などと分かったようなことを思ってみる。

夫が居ない今、自分は自分でしか救えない。