懐かし過ぎて悲し過ぎる|7月2日

人間は肉体が消滅し人生を終える。
それが自然の成り行きと言えるのに、
私の場合夫の命の消滅と共に
とっくに人生は終わっているにも関わらず肉体は滅びていない。
この事実が精神を混乱させ、宙を浮遊するように安定場所がない。

私の住む場所は、「船場」という問屋街で、
仕入れに行き交う人達で大いに賑わう商売の中心地だった。
今はそんな面影は微塵も無く、
問屋なんて数えるほどで、向かいは大きなホテルが来年には建ち、
隣はワンルームマンションが建とうとしている。
もう商売の街とは程遠い。
29年前、夫婦二人で商売を始めた地は驚くべき変貌を遂げてしまった。
置き去りにされた当時の幻影が今も私の中に残っている。
一日たりとも休まず、寝る間も惜しんで来る日も来る日も必死で働いた。
夫婦二人で始めた独自のブランドを築くための製造業の極地とも言える商売は、
後に税理士も驚くほどの利益を上げた。

当時の唯一の二人の楽しみは
明け方に起きて近所をほんの5分ほど散歩して、
同じく明け方からやっている隣のパン屋さんで
出来立てのサンドイッチを買って帰って仕事場で食べること。
それもほんの1分ほどで。
裕福とは言えない生活も誰にも邪魔されずに二人で苦楽を共にし満たされていた。
そのパン屋さんも夫が亡くなって暫くして廃業された。
近所に親しい人など居ないけれど、
70代のパン屋の叔母さんが
「店も古くなったし、主人も亡くなったし出て行くねん」と言われたときは涙が溢れた。
近くにコンビニが何件もあるのに
庶民的で人のいい叔母さんが人気で
運送会社の運転手や問屋の社員で狭いお店はいつも賑わっていた。
そして夫が亡くなったときも
「あんた、よう頑張ったなぁ、船場一よう頑張った奥さんやったなぁ、ほんまに、そう思うよ」
って手を握りしめて泣いてくれた。
船場一は大袈裟だけど、
ずっと私たちを応援していてくれた人の存在は素直に嬉しい。

みんな居なくなる。私が愛した人達や私を育ててくれた懐かしい場所が消えて行く。
本音を言うなら私も消えたい。
色んなことがあったけど、いつの間にそんな長い年月が過ぎてしまったんだろう。

時代は変わる。

29年間が懐かし過ぎて悲し過ぎる。