居なくなって分かること|5月30日

自分自身を買いかぶっているのか、私には後悔がほぼ無い。
だけど二人で生きているときは気付かなかった事が
居なくなると気付くことがたくさんあって、
最近気持ちが落ち着かず精神が安定しない。
それは時間が過ぎるほど大きくなって行き、
果たしてその重さに延々耐える事ができるのか、不安になっている。

一番身近な人が亡くなると不思議にも何もかも鮮明になり過ぎて、
そういうことだったのかと思い知り、
自分が取って来た言動にドキッとする。
女はすぐに口に出すけれど、男は本音を隠す。
それは相手に対する思いやりが殆どなのだと思うから、
二人の生活の中で私はとんでもない間違いを犯したのではないかとさえ思うほど、
夫という人に気付いてしまう。

病気になってから、けっこう多くの写真を撮ってプリントしていたけれど、
それ以外にもこの間、データの整理をしていて
偶然、夫が自分で撮った画像をたくさん見つけた。
写真を撮ることも撮られることも嫌いな人が、
私に残すために色んな写真を撮り続けている。
時にはパソコンに向かっている私の後姿まで入れて、
寝転がって自撮りしているひょうきんな笑顔が可笑しくて思わず笑ってしまうけれど、
毎日々治療の選択に躍起になってパソコンに向かう私の後姿を
どんな思いで見てたんだろう、と思うと切なくて辛い。

私のことだけ考えて私に残すためだけに大嫌いな写真を撮っている。
いつまでも覚えていて欲しいということなのか、
妻に対する出来る限りの思いやりなのか、
どちらにしても二人の間にだけ宿っている強い想いを知る。

大阪府立成人病センターでの診察を待つ間に入ったカフェの写真もあって、
昨日のことのように思い出す。

戦争を知らない私は、
生涯のうちでこれほどまでに我慢を強いられることがあるのかと思うほど、
リアルな思い出は胸をかきむしるほど
会いたい思いを呼び起こす。