共感し合える関係|5月16日

共感し合える関係なんて、そう簡単に成立するものではないのに
100%共感し合える人が居たから、
その喪失感に何時まで経っても慣れなくて、
時々なんでこんなあやふやな人生を生きてるのかなと不思議になる。
一度知ってしまった感情や感覚は、その記憶が遠ざかるまで心身を束縛する。

私は夫の嗜好する食べ物以外の全てのものに影響を受けまくり、
それ以外のものには全く興味がなくなった。
元々同じ周波数を持つ人に
遙かに次元の高い理屈に則った嗜好の数々を目の前に並べられて、
その根拠と共に何とも絶妙な嗜好品との関わり方を29年間見てきた結果、
今の私は完全に夫と化している。
「趣味」というにはあまりにも深く掘り下げ過ぎている「音楽」
というジャンルをひたすら愛していた人は、
いつもジャズの概念が体に染み付いている。
音楽は自由であるべき。
何事も真剣であるべき。
どんな業界の人間も、自分自身を客観視し出すと純粋ではなくなる。
だから自分に酔いしれている人種をことごとく嫌った。
自分に酔う、という行為は不純な証拠だと言う。
愛する、という感情や感覚は、もっと素直で真剣なはずだろう、と言う。

世の中の全ての人間を私もずっとその価値観で見て来た。
こんな感覚、二人でしか共有できない。
楽しかった。
ヤツラはホントに救いようのないバカか、
と言いながらホントに楽しかった。
どんなにイヤなヤツに会っても、それも二人の笑いのネタになる。

今、私の居る空間は大きな穴が開き過ぎていて、
空虚で居心地が悪すぎる。
今まで若い頃に戻りたい、とか
子供の頃に戻りたいとか思ったこと無かったけれど、
夫はきっとかんべんして、って言うのだろうけど、
大阪府立成人病センターでの闘病中の事も懐かし過ぎて胸が熱くなる。
あの頃だって純粋に真剣に生きてたから、
静かで温かいときを二人で満喫していた。

いっそ思い出だけを持って、
どこか遠い地で余生を過ごそうか、と思うことがある。