二回目の命日|4月26日

二回目の命日がとっくに過ぎた。
なのに、まだ実感がわかない。
たぶん死ぬまで一人で生きることの違和感を感じながら、
時を過ごすような気がする。

時間は確実に過ぎて行くのだけれど、
夫との関係性は違う形とは言え忘れることも薄らぐことも無い。
それどころか、ますます過ぎた日のことばかり考えていて、
大阪府立成人病センターでの闘病生活でさえ
二人の大切な大切な時間だった、と思い返す。

これはもう忘れる努力なんて無意味なのだろう。
いくら考えても大好きな夫は私の傍には居ない。
なら、どこが大好きなのか考えてみたりする。
割と勝手だし、一人で突っ走るし、
視界に私が本当に入っているのかとも思うけれど、
結局いつでも微塵も鬱陶しくないし、めんどくさくないし、
理路整然としている。
どんなにハチャメチャに見えても 考えるべきことは考えている。
夫婦でさえ、多かれ少なかれ、違和感をお互いに持っていて、
それでも見て見ないふりをして一生付き合うのが器用だと言えるのだろう。
私は不器用だから、そんな関係は我慢できない。
ケンカもした。
口をきかないときもあった。
だけど、夫は私に理不尽なストレスを与えなかった。
私が疑問を抱くと徹底して向き合う。
何からも逃げない。
そんな人が傍に居た。

私も含めて人間てズルイけれど、狡さを感じたことは一度も無い。
見かけと違って可愛そうなくらい潔癖過ぎて、清清しくて、
そんな姿に何時も私が悪いのだと反省させられた。

もう一度会うことができたら、
今度こそ完璧な妻になれるように
出来る限りの努力をしたいと思っているのだけれど。