幸せな時間|9月16日

闘病中、夫は
「お前さぁ、俺が死んだら自分の人生まで終わりやと思ってるみたいやけど、
生きてたら絶対にいいこともあるって、
なっ!だから、明るく元気に生きて行かなあかんねんで」とよく言っていた。
深く頷いてはいたもののイイ事って何だろう。
二人で生きる以外に幸せを感じる時などあるのかな。
そんな事よりも自分もまだ生きていたい、
という気持ちの上に説得力が存在しているのだと思ってしまう。
生まれた瞬間から死ぬことが決まっているのなら、
こういう状況を当然潔く受け入れる人だし、
見送る方も淡々と見送って欲しいと言っていた。
冷静に考えると、それはそうかもしれないけれど、

本音を言えば少し早い。

諦めが悪いと自分でも思うけれど、
人と比較して諦めがつく訳でもないし、
理屈をこね回して辛さが半減する訳でもない。
今は、時間が経過するほど私の中で夫の存在が大きくなっている。
私の人生を考えるとき、

ため息が出るほど長くて遠い。

夫には勘弁してくれ、と言われそうだけれど、
大阪府立成人病センターへの通院でさえ懐かしい。
今思えば、三年半の闘病生活は、
仕事キチガイの人から仕事に関する全ての情報を排除して、
二人だけの至福のときを生涯で一度だけ与えられた
宇宙からの贈り物なのだと言えなくもない程、

幸せな時間だった。

末期がんであっても本人も家族も、そう思える瞬間があるのなら

病気に負けない生き方をしていると言えるんじゃないかな。