お盆に思う|8月16日

世の中の一般的な人達よりも
明らかに夫は努力をし、走り続けていたけれど、
その全てが大した結果に繋がってはいない。

才覚がないのか、要領が悪いのか、運が悪いのか、
自分に最もフィットした仕事をまだ見つけていなかったような気もする。

それは今もって私には分からないし、
何もして来なかった私が言えることではないけれど、
それを成就させるために
私がもう少し助けてあげられなかったのかな、という思いと、
ひとりで頑張らせてしまった、という思いがずっしりと胸に堪える。

毎日、夫の人生について考えているけれど、
居なくなると深く理解しているはずのパートナーとして
もっと違う関わり方ができなかったのか、
と自責の念にかられること、しばしば。

親から受け継いだ商売という「枠」の中で
自分に出来ることを必死で模索し、
情報を集め、徹底的に追求し、
勉強を怠らなかった人生を考えるとき、
その人生は必ずしも夫にとって満足の行くものではなかったと感じる。

最近、病気になるまでのことを毎日考える。
闘病中は、大阪府立成人病センターや
その他の医療機関と関わるごとに色んな事を考えた。

でも、それは既に終わった。

言ってしまえば何の後悔もない。

だけど、今は結婚してからの夫の人生を振り返り、
自分を責めることが多くなっている。
その気持ちは波のように押し寄せ、
夫が可愛そうで堪らなくなり毎日々涙が溢れ出す。

いつもは避けて通る仏壇に、
取って付けたようにお盆だからと
自分に言い訳をしてお供えをしてみるけれど、
好きだったビールと
日本酒と
アーモンドチョコレートと
スルメが
どうにも不自然に置かれていることは否めない。