大親友|7月30日

夫には一人だけ大親友が居た。
中学生の頃からの幼馴染で
私達が結婚することになった時も大喜びで駆けつけ、祝ってくれた。

結婚してからも度々訪れ、
心から笑い合い楽しく穏やかな時間を三人で過ごした。

賑やかな音楽業界に居て常にムードメーカーだった夫に比べて、
元来社交的でない私も彼の事は家族のように思えて話が弾んだ。
夫と同様に完全に標準から逸脱した人生を歩む人間が持つ
独特の哀愁と人間味が私に親近感をもたらした。

その大切な親友も同じ肺腺ガンで42歳のときに亡くなった。

実家が大阪府下だったので、 病院を決めるときに私は一度、
大阪府立成人病センターを下見に訪れている。
結局、実家近くの病院で闘病することになったけれど、
当時のガン医療は今とは比べ物にならないほど、
あらゆる意味で遅れていたことを再認識する。
何か出来ることはないかと二人で模索を続ける中、
今のようにインターネットで情報を集めることもできず、
力になれることなど何ひとつなかった。

夫はお見舞いに行って帰ってくるといつも
「アイツが亡くなることよりも、そんなヤツも居たな。」
というようになる自分の精神的変貌が怖い、と言っていた。

当時の私には、その意味があまり分からなかったけれど、
今ははっきり理解できる。

たった一人の掛け替えの無い存在だけれど、
強烈な思いは必ず遙か彼方へ
ひとつの思い出となって遠ざかる。
どんなに深い関係も存在が無くなればいつか忘れ去る。

大親友を本当の意味で喪う怖さを、
そして恐ろしいほど冷たい人間の感情の摂理というものを
ひしひしと感じていたのだと思う。

だけど、今の私には精神的変貌は想像できない。
夫婦の関係は一人になっても遙か彼方へは遠ざかっては行かない。