昨今のお寺事情|5月23日

夫が亡くなってから、とりあえず自分の生活スペースを作り、
生きていく上で必要な事に目を向けて来た。
しかし、これからは、
死ぬ事を意識してすべき事を片付けなければならない。

夫婦で30年近く商売を続けた、
誰もが知っていた「船場」という問屋街は既に崩壊している。
この辺り一帯の古いビルの持ち主は力尽き、
隙さえあれば、マンション建築業者に売り渡す。
自分の商売を確立するためのバイタリティーは最早どこにも残ってはいない。
しかし、私はこの人達と逆行するように
余力も無いのに古い小さなビルを維持すべくメンテに神経を注いでいる。

時代は変わる。
目に見えないほど速いスピードで今が昔へと刻々と時は移り変わる。
私には子供が居ないから、
自分をも含めた家族の遺骨を納骨する近くの寺院が必要で、
最近そのお寺を探そうと、ネットで情報を集めている。
だけど、ここでも何代も続いた由緒あるお寺だからと
カッコつけてる場合ではないようで、
葬儀社とのコラボで永代供養すると安いだの、
落語と説法のセットでいくらだの、
時代について行くために
インターネットで正に形振り構わず客獲得合戦に必死の形相の感がある。
若い世代は遠距離にあるお墓参りなんかしない。
まして、土地代ともで何百万もするお墓なんか買わない。
お盆やお彼岸にお布施も払わない。
それでは当然、生き残れない。
僧侶とて、それだけで敬意を払われる時代も過ぎた。
だから生き残るためには、そうなるのも分からなくはないけれど、
何か神聖な場所がテーマパーク化されていたり、
CMでケバイ化粧のオバサンが出て来て永代供養します、
と言われても、それはウソでしょ、と思ってしまう。

死んでからのことなんかにお金を使うなら、
多少なりとも夫が商売を真剣に考え続けてきたこの場所に使いたい。
要するに私一人の気持ちの問題で、
どうでもイイと言えばイイのだけれど、
あまりにも、どれも価値観に合わなさ過ぎて今のところ決め兼ねている。
そう言えば、大阪府立成人病センターも新しくなる。
とっくの昔に立替を終えた病院は、既に古くなりつつある。

人が死ぬのも当たり前なんだ、と今更ながら納得する。