世の中のしくみ|5月16日

肺がんに関する情報に目を向けなくなって久しい。

夫が治療を止める、と言い出してから一切の情報に興味が無くなった。
私の中では「死」を受け入れつつも
最後の最後まで希望の欠片をどこかに持っていたような気がする。
今となっては病気に関する情報は、やはり身近なものではない。
それでも時折、東京にある休眠療法のクリニックのサイトを訪れる。
なぜか気になる。

日本の末期がんに対する医療体制への疑問が
日本人全体に対する疑問に変わりつつある。
世の中のしくみは、
尊重されるべき民主主義国家の国民を甘い言葉で誘導しながら、
思い切り隅っこに追いやろうとする。
そのしくみには必ず上下関係があって、
弱い者は余程、運が良くなければ散々な目に会う法則がある。

でも、弱い者にも非がある。
自分の主張をしない。
こうあるべきだと反旗をひるがえさない。
強い者に従う方が楽だとする国民性が自らの自由を手放している。
そんな事を思いながらサイトを見ていると、
こんな記事があった。

ある患者さんが10年前に肺がんの手術をしてから2年後に再発し、
ブランド病院で白金製剤併用のファーストラインを勧められ、
それに応じなかった患者さんは必然的にブランド病院と疎遠になったらしい。
途方に暮れていて休眠療法のクリニックにたどり着いたそうだけれど、
ここでの治療は、
まずイレッサを試してコントロールができない病変は放射線で対応し、
脳転移はガンマナイフ、という手順で治療を進めた結果、
再発後9年目に入ったらしい。
大阪府立成人病センターでも最初に言われた。
体力のあるうちに強い抗がん剤を使った方がイイ、とか。
意味が分からない。
間もなく死ぬと断言された病気に罹っているからこそ、
にも関わらず元気だからこそ
強い抗がん剤で副作用なんか受けてはならない。
4年半前でもファーストラインでイレッサを使うのは、標準的ではなかったようで、
それが10年前となると断固として受け入れてもらえなかっことも容易に想像できる。
この治療は夫が標準から外れて私が選択した治療と同じだと言えなくもないけれど、
ただの素人と充分に経験を積んだプロとではプロセスに大きな違いがある。

夫が亡くなってから、
病気に関する情報を得ることで自分の間違いを思い知る行為を続けて来た。

でも止めた。

先に死んだ方が幸せに決まってる。

三年半の出来事を全身全霊で受け留めることを止めた。

何もかも淡々と現実を享受しないと、
誰かの目論見どおりに私まで世の中のしくみに甘んじて従ったことになる。