長い一日|3月19日

パンクしそうな程、いつも夫の事だけ頭にある。
本を読んでも頭に入って行かないし、
気晴らしのつもりで外に出ても考える事は同じで、
何も気晴らしになっていない。
朝が来て、重い気持ちでベッドから立ち上がり、
また長い一日が始まるのか、とため息をつき、
パソコンの前に座り込み、またしても夫のことを考える。
YouTubeで好きだったジャズを聞いてみたり、
楽譜をダウンロードしてピアノを弾いたり、
何とか時間を費やしても中々一日は終わってはくれない。
終わってはくれないどころか、
好きだったジャズなんか聞くもんじゃない。
ティッシュが一箱無くなってしまう。
やっと夜が来て今から眠れると思う時が一番安らかなひとときだったのに、
それも最近は、たらふく眠剤を飲んでも眠れなくなってきた。
死ぬのを待ってるだけのような生活になってきたけど、
そう簡単に人は死なない。
生きたくても生きられない人が居るというのに、
これでは申し訳なさ過ぎる。
この状況から脱出する方法って何だろう。
大阪府立成人病センターの緩和科の主治医の言葉が蘇る。
「一人になっても、絶対に来て下さいね」
素直に従うべきなのかな、と思うけれど
経路を想像するだけで貧血を起こしそうになる。
正直、あの場所には行きたくない。
緩和病棟のある病院には、まだ行ける気がするのに。
それは夫の気持ちが反映しているからだろう。
大阪府立成人病センターに行く時が一番イヤそうだった。
何処へ行ってもいつも二人で過ごすのに、
大阪府立成人病センターだけは自分の診察や検査が済むと、
一人でさっさと先に帰った。
一刻も早く病院を出たそうなそぶりが露わだった。
総合病院でも、休眠クリニックでもノバリスのクリニックでさえも、
そんなことはなかった。

時代は刻一刻と変化して行く。
夫は商売を通して、その時代に即したやり方を熟考してきた。
私達が商売を営んで来た町は
江戸時代から続いているような問屋街だったけれど、
歴史的に栄えた地域性のみにあぐらをかきつづけ、
時代についていかなかった多くの会社は見事に潰れた。
ただひたすら同じ思考回路で店先に立つ経営者のことを
夫は「脳にカビが生えている」と言っていた。
時代背景に即した努力をせずに、
世の中のニーズを無視して何かに極力依存する体質を極端に嫌った。
それと同じような感覚を大阪府立成人病センターにも抱いていたようで、
何もかもが信じられないスピードで新しく生まれ変わる時代に、
未だに古い病院特有の環境の中で、
命に関わる病気に罹っても尚、
ひしめき合う患者の待遇の悪さを目の当たりにしたくない一心だったのだと思う。
その病院もようやく二年後には新しく生まれ変わるらしい。
外見だけでなく、 中身も二十一世紀に相応しい
がん患者を心身ともに救う大阪府立成人病センターに生まれ変わることを願っている。
それにしても私自身の問題は解決していない。
一日パソコンの前に座っていると腰もしっかり痛い。
間もなくやっと夜が来る。
あともう少しで今日を終われる、と思うとホッとする。