幸せの極致|3月11日

大阪府立成人病センターから離れ、
低用量の治療も打ち切って、
緩和病棟に入る前も入ってからも、
夫はよく「極楽やね」という言葉を口にした。

まもなく命が終わろうとしている人間が、
幸せの極致を実感していた「想い」を考える。

私達は結婚してから、片時も離れず時間を共有し続けた。
資金の無い中で一からの商売の確立に躍起になっている時も、
人並みに少しだけ豊かになってからも、
そして闘病中も、
その時々で苦しみ、助け合い、楽しんで生きて来た。
どれほどの思い出を胸に刻んでいるかはお互いに言うまでもない。

死ぬ間際に自分の人生を振り返って
「ホンマ楽しかったぁ~!」と明るく言える人間がどれほど居るだろうか。
楽しいだけのはずもない。
むしろ悩み苦しむ時間の方が多かったと思う。
でも、何事にも自分に正直に、純粋に力を尽くし人生を生きたからこそ、
後悔なく晴れ晴れとした気持ちで命が終わるその瞬間まで、
心穏やかに豊かに過ごせたのではないだろうか。

激烈な青春時代を追い越すほどの楽しさを私と味わったのだと断言する。
誰をも寄せ付けず、頑ななまでにお互いだけを信じ、
今思えば悲しいほどに二人で生きた。
私を残して逝く辛さよりも
最後の最後まで二人で生きる幸せをかみ締めていたような気がする。

若い頃、かわいい男と呼ばれたい、などとガラにもないことを云っていた。
今でも充分かわいいし、男らしいし、立派な人だと思うけれど、
ちょっとずるい。
子供の頃から母親を泣かせるほど散々やんちゃをして来たくせに、
夫として、あんまり優等生だと
残された妻は、いつまで経っても悲しみが癒えない。
癒す術が見つからない。
悲しみに暮れながらも、
おもしろ過ぎる夫を思い出し、泣きながら笑っている事がよくある。
長い結婚生活の中で「もう、出て行ってやる!」と思ったこともあるのに、
思い出すことは楽しいことばかりで、それが堪らなく悲しい。

夫にとって一番穏やかで幸せだったのは、
治療を止めてから亡くなるまでの
今までの二人の人生をしみじみ噛み締めた2ヶ月間だったような気がしてならない。
それなら、私は看護をする側ではなく、看取る側でもなく、
純粋に夫の気持ちにのみ寄り添うべきだった。
その事に気付かなかったことが、
またも堪らなく悲しい。

最近、花を供えることが習慣になってきた。
今日はいつかカワイイな、と言っていた小さなバラを供えた。
今の私には、それくらいの事しかできない。