帰って来た|2月24日

昼寝をしていた。
後ろで夫の声がしたので驚いて振り向いたら、夫が居た。
嬉し過ぎて、現実なのだと実感したくて、しがみついた。
「帰って来てくれたん?」という私に
少し戸惑いながら「そうやで」と言った。
私の腕の中に夫が確かにいる。
すごいことが起きた。
と思った瞬間、目が覚めた。
まだ、感覚が残っている。
夢なのだろう。
間違いなくそうなのだろう。
でも、あまりにもリアルで、
まるで二人の日常が帰って来たような確かな感覚は
夢というには衝撃的過ぎた。
とても短い時間だったけれど、声もはっきりと聞いた。
また眠れば会える気がする。
そして、一週間後、夫の腕の中で眠る夢を見た。
いつもと何も変わらない日常が其処に有った。

ひょっとして、交信できるようになったのか、とさえ思ってしまう。
もし、そうなら、こんな幸せなことはない。
最愛の人を亡くした人が
故人とテレパシーで交信するドキュメンタリーを二冊読んだ。
元来、そういう話を殆ど信じないタイプだけれど、
大阪府立成人病センターから離れ、
着々と二人が望む最後に向かって歩みだす時、
私にはどうしても必要な情報だった。

科学では説明できないことが存在することは否定できない。
私の脳などホコリのようなもので、
そんなものが理解できる世界など宇宙から見れば無いに等しい。
会えればなんでもいい。
今、私が生きて行くために最も必要なことは
夫に元気付けてもらうこと。

少しずつ筋道から逸れていく自分がいる。
最終地点から逆算して、今を生きることが必要だと人に言いながら、
自分自身がそれを実行出来ていない。
「一年は焦らず、ゆっくり休憩するねんで。」と夫が言っていた。
その一年が間もなく来る。
正直焦っている。
29年間、私を育ててくれた人の深い思いを
無駄にするような生き方をすべきでない事は分っている。
だけど、「存在しない」ことは、やはりキツイ。
私の細胞の全てに行き渡っているものが
根こそぎ剥ぎ取られる感覚は生まれて初めてで、
意味が分らない。
意味は分らないけれど、
自分が後退しているのか留まっているのか、
或いは前進しているのかは正確に把握出来ていなければ、
この歳になって分らないでは済まされない。

明らかに後退している。

この限りなく現実に近い夢の所以は、
見るに見かねて夫が助けてくれているような気がしてならない。