二度と会えない、という意味|2月17日

間もなく一年になる。
ずっと辛い気持ちを抱えて生きた。
何が辛いのか考える。
私にとっては答えは一つしかない。
「二度と会えない」こと。
永久に一緒に居たい人に永久に会えないこと。
何処かで生きてさえいれば、
どんな事情があったとしても
会えるかもしれない希望はゼロになることはない。
人は、どんなにささやかであっても希望が有れば生きて行ける。
私にとって、夫の存在は生きる希望そのものだった。

この現状を打破するには
「二度と会えない」という気持ちを誤魔化す、
或いは一時的でも弱める何かが必要だということ。
でないと自分が破綻する。
破綻すると分っていて打開しない現状を継続し続けることに、
もう我ながらウンザリしている。

今一番私に必要なことは、自分の為に生きること。
夫婦であっても、
自分の命と引き換えにしても相手を守りたいという気持ちは、
即ち自分の事を一番に考えていることには違いない。
常に人間の行為は、自分を救うために必然的に生まれ続ける。
それなら夫が居ようと居まいと私自身のために生きるより他に道はない。
「二度と会えない」という思いに甘えている。
その悲しみを持ち続けることによって、
私は未だに夫に甘え自分に甘えていることになりはしないか。

夫が考えろ、と言ってる気がする。
考えることを止めるな、と言ってる気がする。
いくつになっても頭は働かせるために有る。
人間は考えることを止めた時点で人生が終わる。
感情など、どうでもいい。
感情があるから、それに身を委ね自分を甘やかせてしまう。
感情は、本来持つ脳の正常な働きを阻害する厄介な生き物だと痛感する。

結婚してから、夫は仕事の上で、
とんでもない課題を突きつけて私を驚かせた。
でも、いつも最後に付け加えた。
「お前なら絶対出来るから」って、
「俺は絶対無い物ねだりはしないから」って。

夫が信じた私という人間を私自身が信じることなくして、
これからの人生は有り得ない。