深く理解すること|1月27日

人は人を深く理解出来なければ深く愛することは出来ない。
夫を喪ってから、ずっとそう思っている。
単に恋愛関係にあるだけでは、
その愛情は激しさはあるかもしれないけれど、深くはない。
夫婦になって人生を戦い長い年月を共に過ごしてこそ、
他人には到底理解出来ない世界が生まれる。
それは、もう自分の中から排除できない存在となって、
体積を増し続け鮮明になる。

今でも一日の大半は夫の面影を追い、
まだまだ理解していない事があるはずだと夫の生き様を思い返す。
尊敬して、尊敬して、尊敬して......。
夫の言動は、自分を育て生きて行く糧となるものばかりだった。
もともとは赤の他人だった人が無くてはならない人になる。

一緒に住みだして、入籍して、一年一年、二人で生きて行く内に、
もしかして私は、とんでもない人とめぐり会ったのかもしれない、
と思うようになった。
それを夫は最初から知ってか知らずか、
逢って二日目に私を自分の陣地に引き入れるべく、
様々な施策を繰り返した。
随分経ってからその時のことを「私は、まんまとクモの巣に引っ掛かった」と言うと、
いやにウケていた記憶がある。
夫婦って不思議な関係だな、ってしみじみ思う。
後悔が無い、と言えば嘘になる。
妻としての役目を果たせたのかは、ひたすら疑問でもある。
だけど、どんな場面を思い返してみても、
立派を絵に描かない立派な人だったな、と私しか知らない人間の魅力に浸り切る。
かつて、私は人を立派だとつくづく思った事がない。
でも一生に一人だけ出会えた。
何でもやり抜く人だった。
知らない事があれば、どんどん知識を蓄える人だった。
努力は惜しまない。
努力を努力と思わない。
歳を取っても、若い頃と何も変わらない向上心を持ち続ける人だった。
そして、最後は潔く、豊かで誇らしい気持ちで一杯だと、
幸せそうに死んで行った。

あんな風にならないとダメなのか、
そうでないと楽には死ねないのか、と感じ出している。
もう一度夫婦になることを許されるなら、
もう少しマシな存在になれるような気がするのだけれど.....。

進もうとしない人間は、世の中が必要としない。
私は正にその典型的人間になっている。
もがき苦しむなら、もがき苦しんで、
あの人がそうしたように何か答えを見つけないと、
このままでは廃人になる。