腹水|1月13日

肝臓への複数転移が命を縮めた。
ガン発覚当初は十二指腸と肝臓に転移はあったものの、
イレッサで消失してからは長い期間肝臓への転移は現れなかった。
むしろ少し現れたり消えたりする十二指腸の方ばかり気にしていた。
まさか肝転移が致命傷になるとは思ってもいなかった。
今、思うと肝臓の転移巣は消えたのではなく、
影を持って潜んでいたのだろう。

肝転移が進むと、まず腹水が溜まることを恐れた。
一度溜まると何度も何リットルという腹水を抜かなければならないと認識していたから、
それが現実化することを恐れまくっていた。
腹水はCARTという方法で行うと
生活のクオリティーが極端に下がるというものではない。
簡単に言うと、腹水を穿刺した後、
細菌、ガン細胞は除き栄養分は戻す、という措置のことで、
本来の腹水だけを抜く方法なら、
体力の無い患者には栄養分も一緒に抜き取ってしまうので難しかったけれど、
最近では保険も適用され、
腎機能に影響を及ぼし易い白金系の抗がん剤も
CARTによって投与可能になる患者さんも多いと聞く。

夫は、肺の原発の痛みも息苦しさもなく、
肺がんに多い骨転移もなかったので
痛みと言えばガンとは直接関係ない五十肩の痛みくらいだった。
それが、腹水となるとお腹の張りに対する対処法は、
利尿剤か抜くしかなく、利尿剤も効果は薄い上に副作用もあり、
結局、穿刺しか無いと思っていたから、
これを受け入れるとは夫の性格上考えられない。
肝臓の転移が進むと、とにかくそれが心配だった。

結局、緩和病病棟に入ってからも
苦痛を取り去るための処置として腹水を抜くことは一度もなかった。
しかし、現実は肝転移の勢いはすさまじかった。
表面からも分るくらい硬く大きな塊が肝臓を占めていることは一目瞭然で、
常に胃の不調を訴えていたのは、
肝臓の転移巣或いは腹水が胃を圧迫していたからだと思う。
その為に食事も入院してからはあまり食べられなかった。
お腹は空いているけれど食べられない、と言っていた。
お腹が空く、という臨床症状は原因を取り除けば食べられることを意味する。
だから、腹水の出現によってそうなっているのであれば、
抜けば食べられる可能性はある。
でも、私は敢えて、それを打破するための方法を考えなかった。
それでいい、と思っていた。
仕方がないとはっきり諦めていた。
意識が無くなるまではコンビニのおにおぎりばっかり食べていた。
タクシーで5分くらいにあるデパートで夫の食べたい物を調達すべく調べていたけれど、
そこでしこたま買い込んだのは結局3回ほどだった。
最後までガンによる痛みを訴えたのは肝臓だけだった。
それも麻薬の持続皮下中の迅速な処置で、
その後は痛みを訴えることはなかった。
主治医は私に腹水が溜まっていることを言わなかったけれど
明らかに溜まっていたと思われる。
肝性脳症もあったと思う。
そして明らかに黄疸もあった。
しかし、全ての苦痛が取り去れるなら、
私にとって病状の把握は意味がない。
主治医が、その時々で強力な眠剤であったり麻薬であったり、
その種類や量も細かく管理し考えて頂いた。
全ては私の気の済むように医療者が動いてくれた。
体に管を入れたりする負担を強いる処置は一切しなかった。

夫が亡くなった後、病状の進行はどういう状態だったのか知りたいとも思わなかったから、
大阪府立成人病センターからの三年半の治療で
最終的に夫の体で何が起きていたのか今でも詳しくは分らない。
不思議なのは息を引き取ったあと、
黄味を帯びた顔は健康的な血色に変化したこと。
まるで元通り元気な夫が眠っているような
安らかでカワイイ顔だった。