痕跡|12月8日

リフォームが進んで、夫が作ったスタジオは無くなった。
独自の商売を確立するために、日々悩み、考え、作り上げた場所は
私一人のプライベートの部屋になった。
少しだけでも夫の痕跡を残したくて、
木ぎれを切って細工した5箇所ほどをそのままにしてもらった。
ライトを付けたり、コードを巻きつけたりする、
今となっては何の役割も果たさない小さな木ギレは
誰も知らない二人の唯一の思い出として、
この部屋を出て行く時まで残しておきたかった。
これから毎日みつめて二人で生きた証をかみ締めるのだろう。
「夫の痕跡を残したい」という想いに工務店の職人さん達は、
それぞれが深く理解してくれて、
普段は勢いよく行動するところを何も云わなくても、
そこだけは腫れ物に触るように
木ギレに付いた釘の跡や小さな傷にも
手を触れる事無く必要以上に気を使ってもらった。

夫に纏わる物すべては、別に見るまでもなく心の中に焼きついているけれど、
この場所に費やした労力のあまりの大きさに簡単に無くしてはしまえなかった。

死を前にして「楽しい人生だった」と言っていた。
身も心もズタズタになった時期もあっただろうに、
二人の生活がメチャクチャ楽しかった、と言っていた。
そんな夫との人生を毎日思い浮かべて
一人で時間を消費して行くスペースなのだ、と思うと不思議な気持ちになる。

「便利になった」とか「キレイになった」とか、
しみじみと気持ちを共有する人もなく、
自分の中でも何となく前進している感が漂っているだけで、
夫が命を掛けて働いて作ったお金を使ったにも関わらず、
空虚なものだと呆れている。
「ここに居たら....」と考え出すと色んな想いが吹き出して堪らなくなるから、
自分の心に何時の間にか厚い壁が出来たようで、感情に起伏が無くなった。
自分の気持ちに嘘を付くのが上手くなった。
宇宙の何処かで私を知り抜いている夫が見ていたら、
「変わったな」って云われそうな気がする。