女って|9月28日

夫の最後の手紙に
長きに亘り愛し続けた女、留美子へ。
と書いてあった。

初めて、この手紙を読んだ時
まるで演歌の歌詞のような「女」の文字が気に掛かった。

夫は最後に、私のことを一人にする事が忍びない、
と言っていた。
それは、まるで子供を残して旅立つ親のような気持ちなのだと
云っていたのに。
私は夫にとって、最後まで女だったのだ。

夫婦で有る以上、当然、親子でも兄弟でもない。
男と女の上に成り立っている関係には違いない。
この「女」に対する愛の定義は、恋人と夫婦では
随分、異なるものだと理解している。
恋人よりも、もっと深い絆で結ばれていると思っている。

そう言えば、夫は元気な頃、よく言っていた。
男にとって、必要な存在は、親でもなく子供でもない。
女の存在が男の精神を安定させる。
男として地に足が着く、と言う表現は
子供が居て、妻が居る家庭を持つことで責任感が生じると言う意味ではなく、
自分にとっては一生愛し続ける女の存在が、
自分を男として成立させるものなのだ、と云っていた。

夫と最初に会った二日目に
私が傍に居ることで気持ちが安定する自分を
初めて感じた、と云っていた。
最後の最後まで、29年間もの間、その時の想いを持ち続けていた事を
伝えたかったのだ、と最近になって分った。

決して長い文章ではないけれど、
その手紙には私への真実の想いが綴られている。
そんな、余りある想いに私は応えて来れたのだろうか。

時々、夫の手紙を読み返す。
その度に私は妻として、いったい何をして来たのだろう、と考える。
私と結婚して、夫は本当に幸せだったのだろうか、と考える。

そして、私は、なんて幸せな女なのだろう、としみじみ思う。

幸せ過ぎて涙が止まらない。