末期ガン患者の人生の選択|9月7日

夫の死因は、肺の原発巣によるものではなく、
肝臓に於ける多発転移が原因だった。
ノバリスで得た多大な効果を
その後の薬剤の選択によって無駄なものにしてしまった。
標準治療専門の医師に「それ見た事か」と言われそうな悔しさと共に、
今でも私の選択に後悔の念が残る。
しかし、末期ガンの治療は標準的に同じレールの上に乗せられて
個々の患者が、その人生の出来る限りのクオリティーを手に入れられるものではない。

私は何を間違ったのか。
ノバリスの場合、
通常の放射線よりも体に当たる放射線量が少ないとは云え、
放射線性の肺臓炎は100%起こる。
CTなどの画像データー上は、はっきり現れても、症状は全く出ない人も居る。
個人差があるけれど、夫の原発巣の5cmという大きさを考えれば、
まず、全く無症状ということは考え難い。
それでも、肺臓炎の出現する3ヶ月から6ヶ月の間、
イレッサを切っていたら、
殆ど症状と言えるものは出ていなかったかもしれない。
放射線とイレッサの相性は非常に悪い。
ここで、私は冷静さを欠いた。
ずっと飲み続けているイレッサを甘く見ていたのである。
イレッサ単独でも間質性肺炎を発症する確率は
他の抗がん剤から見れば低くない。
それを放射線と併用して、
その確率が跳ね上がることは当然、頭に置く必要がある。

 

ここに、標準外治療の盲点がある。

自らガイドラインを逸脱する者に助言をしてくれる医療者は存在しないし、
かと云って標準外治療に特化した小さな医療機関は、
治療に対する総合的な判断基準に疎い場合が往々にしてある。
もう一つ、ノバリスによる治療の苦痛が皆無なことから、
実際、私は夫が体に受けているダメージを軽視してしまったと云える。
人の命が掛かっているというのに、見事に単純なミスだった。

患者も家族も、標準を離れることに多くのパワーが必要になる。
大海に一人放り出された様な不安感は、常に付き纏う。
素人は孤独の中、取るに足りない情報でも、貴重なデーターとして
大切に胸に抱え、現状を乗り切るために苦渋の選択を迫られるのである。

私は夫を予想外に早く死に至らしめた。
それは、一生消えない後悔として残るかもしれない。
それでも、患者の気持ちに寄り添わない治療に
従わなかった後悔は微塵もない。
それは、夫の闘病生活を思い出すとき、
治ることのない病気を宿した人間が、
安らかに人生を過ごせていたと思えるから。

末期がんと宣告された患者さんやご家族の方たちに、
ただ々運命を呪い、
取り巻く不誠実な医療者に
身を任す様なことだけは避けてほしい。
患者の気持ちに寄り添わない治療に我慢せず、
わがままに人生を過ごしてもらいたい。
拒否することは拒否し、
不満があれば全て吐き出し、
希望があれば、全て羅列し、
自分の感性の赴くままに、医療者にも家族にも、
取り巻く環境の全ての頼れる人達には
思い切り頼って、甘えてほしい。

地球上のあらゆる人間の行為には完璧はない。
それなら、人の手に委ねることなく、
自分自身で自分の人生をつかみ取ってほしい。

夫と二度と会えない悲しみは尽きないけれど、
夫に対する罪の意識は、いつかきっと、
自分の中で消える日が来ると信じている。