リフォーム|8月31日

私が現在、住んでいるところは、
仕事をする為にだけ二人で作り上げたスペースで
人間らしい生活ができる場所ではない。
お風呂も無いし、キッチンと呼べるほど立派なものもない。
夫の病気が発覚して間もなく、
夫の負担を極力軽くするため、マンションを売った。
それからの二人の生活は、
時々ホテルに泊まりに行ったり、
都会のど真ん中に
オアシスのように存在する銭湯に行ったり、
外食したり、
自由気ままな生活を楽しんでもいた。
二人とも様々な困難を乗り越えて商売をして来たから、
標準的な生活環境というものに拘る性質でもない。
そもそも、プライベートな空間に拘るタイプなら、
夫とは結婚していない。
仕事に没頭する夫を尊敬し、
どこか破天荒だけれど何事にも真剣な夫を愛し、
必死の思いで後を付いて来た。
しかし、一人になった今、
この環境で過ごす意味は、どこにも見出せない。
どんな些細なことも二人で相談し、決定し、実行して来た痕跡が
そこかしこに残っている。
思い出すのは辛すぎる。

そろそろ、かつてスタジオだったスペースをリフォームしようと部屋に入るが、
肝心なところはなか々手がつけられず放置状態になっていた。
昨日はいい加減、潮時かと思って、
意を決し撮影機材の取り壊しを実行した。
あらゆる所に数え切れないほど、まだ夫の命が宿っている。
工夫を凝らし、時間を費やし、一生懸命取り組む夫の姿が蘇る。
それを私は一つ一つ壊して行く。
夫の血の滲む努力を全て捨ててしまうような行為が
堪らなく悲しい。
ひとつの時代が終わった、と云える程、
私は若くない。
夫と出会う前のひ弱な私に戻っただけだ。
夫は私に教えてくれた。
「働く」とはこういう事だと、
「生きる」ためには、
これだけ誠心誠意努力しなければいけないのだ、と。
だけど、それは二人だから身にしみた。
夫の教えは私一人の人生には通用しない。
片付けても、片付けても夫の面影は消えない。
悲しんでも、悲しんでも、夫は帰って来ない。

今日は夫の誕生日。
元気な時も別段、何をお祝いするでもなかったけれど、
去年の今頃は、元気だったな、とリアルに思い出す。
早く時が過ぎ去ってほしい。

今日は、すっかり弱音を吐いた。