持続皮下注|8月17日

夫が亡くなって4ヶ月以上が経った。
緩和病棟に入ってからの記録を掲載すべきと思いながら、
まだ、毎日のように綴っていたノートを開けていない。
この調子では、私の気持ちの整理よりも先に
入院中の記憶が薄れてしまうことになる。
実際、手書きの記録など、
たぶん今さら解読不可能な気もする。
かと云って、ノートを開いて詳細を思い返す気にもならない。

だけど一つだけ、
痛み止めの麻薬や眠剤の投与方法に於いて
私が認識不足だったことを書いておきたい。

緩和病棟に入院してから二週間は
オキノームの経口麻薬以外投与していない。
最後は
散々血管からの薬剤の投与を余儀なくされることを確信していたので、
私も夫も治療中は健康な血管を出来るだけ確保しておきたい
という希望があった。
しかし、二週間目に
肝転移の痛みをオキノームで抑えることに不安が出現した時、
静脈から痛み止めを投与するのではなく、
皮下に小さな翼状針を刺して携帯の機械に薬剤をセットし、
それを持ち歩くことでトイレにも何処にでも行けることを初めて知った。
患者が首からぶら下げることが多いようだが、
24時間付き添っている私は夫が移動する度に一緒に持ち歩いた。
20cm×10cmくらいの機械で、常に少しづつ薬剤が体に投与され、
かつ、移動時や少し痛みが出て来たな、という程度でも
ボタンを押すと更に追加で薬剤が流れるしくみになっている。
薬が、あと少しで無くなる時にはけたたましい音が鳴り、
看護師さんが、途切れることがないように、その準備に入る。
皮下注射の針は、お腹でも胸でも脂肪の多い場所ならどこでも痛くない。
静脈と違って慎重に血管を捜したり、失敗することもない。
また、夫の場合、
針を刺しているところが三日おきくらいに赤くなるので場所を替えたが、
替えることに対する本人の負担も殆どない。
抜くのも刺すのも、痛がりの夫でさえ何の躊躇もなかった。
肺がんの患者さんは息苦しさを訴える場合も多いが、
この持続皮下注で軽減されるし、痛みに対しては天井が無いので
ほぼ、100%除痛を可能にできる、と看護師さんは云われていた。

結局、夫は最後まで痛みを感じることはなかった、と言える。
咳、息苦しさ、痛み、肺がんの患者さんが多く抱える症状は
夫には殆ど無かった。

肺の原発巣はノバリスで消失した。
多発した肝臓の転移巣が命を奪った。

肝臓は、見ても解るほど硬く腫れていたけれど、
腹水に苦しむこともなかった。
肝性脳症で、最後の方は私との会話が成立せず、
不満気にしていたけれど、あれ以上の死に方を望むのは
何度考えても私には無理な気がする。

日本には緩和病棟という、最大限に人間を尊重してくれる場所が存在する。
アメリカにも緩和病棟は当然、存在する。
合理性を追求する国民性は、治療に於いては
日本なんか、比べ物にならないほど進歩的だと思うけれど
その合理性は、死んで行く人間にとっては有りがたいものとは云い難い。
日本人気質が、こんなところでその実力を最大限に発揮しているとは
正直、思っていなかった。
しかし、その場所はガン患者しか入れない。

夫は、老いる恐怖も味わわず、
誰の介護をすることもなく一生を終えた。
そして、命を奪った病気がガンであったことは、
必ずしも不幸だとは云えない、と思っている。