夫の写真|8月10日

若い頃、夫とよく旅行をした。
動物好きの私達は、
行く先々で出会う動物との時間が至極のひと時だった。
でも、夫と動物のツーショットを写真に収めたがる私に
「俺は入れんなよ」と言うのが口癖だった。
だから、いつも夫の腕しか写っていない。

写真家になってからも人の写真は撮るくせに
相変わらず撮られることは嫌がった。

だけど、病気になってから
「俺の写真って全然ないよな。ちっちゃいカメラ買わへん?」と言い出した。
夫の真意は分っていたから、
出来れば、そんなことはしたくなかったけど、
手の平に収まる程小さなデジカメを買ってから、
近所で散歩をする時も、外食する時も
いつも首からカメラをぶら下げて
私は夫に云われるままに写真を撮った。
ファインダーに写る夫は、いつも無理やり笑顔を作っていた。
私に笑顔の写真を残す為に必死になっている姿が見え見えだった。
その不自然な笑顔の写真が何枚か残っている。

そんな写真の中でたった一枚だけ、
満面の笑顔でネコと写っている写真がある。
何の意識もなく自然に笑っている。

ホームレスのおじさんがネコをリードでつないで飼っていた。
時間ができれば、たぶん居るであろう場所に会いに行った。
いつも不思議に私ではなく夫に擦り寄ってくる。
いつまた会えるとも分らないこの子に会えたとき、
夫は満面の笑顔で喜んでいた。
その時に撮った写真には、
明らかに本当の笑顔が残っている。

中途半端に動物を可愛がる私と違って
イヌもネコも鳥も虫でさえも、「ちっちゃな命やな」と言って
その生きる様を真剣に見つめていた。
私が道端でノラネコを相手にしている様子を
いつも後ろの方から眺めていた。
夫は動物の方から能動性を示さない限り自分からは近づかない。
どこまでも純粋な彼らのことを
「天才や」と天才という言葉が嫌いな夫がよく言っていた。

いつだって、私は薄っぺらく、短絡的で単純だ。
いつだって、夫はふざけているようでいて、深くて正しい。

不自然な笑顔の写真も
自然な笑顔の写真も
どちらも今は見たくない。
夫の気持ちが痛いほど分る私には
両方とも心に矢のように突き刺さるから。