「道具」と「大切なもの」|8月2日

大阪府立成人病センターで
医師達の不誠実な対応に悶々とした日々を過ごし
一年程した時に、心療緩和科の医師に出会った。
今でも、もっとも尊敬する医師として私の心の中に存在している。
夫が理想どうりの死に方が出来たのも、
この医師の尽力のおかげだと感謝している。
現在は、大阪府立成人病センターを辞められて、
大学で医師を目指す若者に講義をされているが、
当時、臨床の現場を離れることは本意ではない、と仰っていた。
その優秀な足跡に白羽の矢が立ったのだろうが、
随分、落ち込んでおられたことを思い出す。
その医師が講演会で話をされている内容が掲載されている。

http://www.com-info.org/ima/ima_20120919_kashiwagi.html

この中で、ご自身がお付き合いをされていた
今は亡き医師から教えられた心の奥底まで染み入る言葉を書かれている。
それは「道具」と「大切なもの」について。
医師たるものが、
如何に患者やその家族に謙虚に優しく寄り添うことが大事かを書かれている。
医療の現場に実際、
謙虚に優しく寄り添うことが出来ている医師が何人いるだろうか。

自分を成長させる人との出会いが人生を大きく左右する。
しかし、その出会いに気付かず、
大阪府立成人病センターなどの大病院では、
いつのまにか、師の教えを握りつぶし、
病院のガイドラインにがんじがらめになり、
患者を無視し続け、
上にへつらい、下でうっぷんを晴らすような
惨めな人生を惨めと感じない愚かな医師達が存在し続ける。
患者は、ブランド病院を好む。
それなら、ブランドの名前にあぐらをかくのではなく、
頼られているのだ、という誇りを持ち、
医師人生を貫いてこそ
大学で立派な教授の講義を受けた意味がある。

人間は、人を幸せに出来なければ、自分をも幸せにできない。


私は、最愛の夫を喪った。
今は、悲しみと辛さで夫とは知り合った奇跡よりも
知り合わなかったらよかった、と思う方が勝っている。
だけど、
一人の人を深く愛し、
一人の人に深く愛された人生を長く過ごしたことは事実だ。

もしかすると夫だけは幸せに出来たのかもしれない。

私が死ぬ間際に、夫とめぐり合わせてくれた宇宙の誰かに感謝して
人生を終えることができると信じたい。

成人病センターを辞められた医師に代わって
お世話になっていた心療緩和科の医師も
同じく立派な意志を引き継がれていて、
謙虚に優しく寄り添って頂き、
最後に緩和病棟から電話をした時も、私を心配してくださり、
「必ず、一人になっても来てくださいね」と云われていたけれど、
あの病院には、あまりにも様々な思い出があり過ぎて、
なか々、足が向かない。