夫の生き方|6月7日

夫が経営する会社で保有するサイトの処分を考えるために、
20程あるサイトに掲載されている、
夫が更新した文章を片っ端から読んでいる。
全てを残すほど、私に余力はないし、
かと言って全てを手放すほどの勇気もない。
お互い10サイトづつを分担して更新作業に当たっていたが、
単なる業務と割り切っていたし、
実際、本人も「この作業キッツイわぁ~」とか、
冗談半分で取り組んでた感が強く、
夫が何を書いているのか
今まで隅々まで読み返してみた事はなかった。
しかし、今回、改めて夫の真面目さ、真剣さ、緻密さを知ることになった。
感情論に過ぎない私の文章と違って、
技術者として、専門家として、
明らかに自分の持っている知識を業務を超えて、
みんなに伝えたい、という気持ちがひしひしと伝わってくる。
夫は人生の中で二種類の専門家としての技術を習得している。
一つは音楽、
もう一つは映像である。
高校は一年生あたりで「面白くない」という理由で自主退学し、
大学に進学するに当たって、通信教育で高等教育を取得し、
大学はジャズプレーヤーが多く卒業している
音楽大学の作曲科にロスタイムなしに入学し卒業している。
しかも、その間、16歳から年齢を偽り、
大人に混じって頭をこつかれながら、
ピアノやドラムでセッションに加わりお金を稼いでいる。
私と知り合った時もCMソングや
プロのミュージシャンのアルバムの編曲で
毎日のように楽譜を書いていた。
この間に蓄えた知識で書いているサイトも残っている。
基礎的知識のある、これからプロになろうか、という人が見れば、
一通りの知識が身につくジャズスタディーになっている。
結婚を決めてから、夫は、あっさり音楽を捨てた。
理由は、音楽業界は付き合う人間も派手で、浮き沈みも激しく、
私との結婚生活には相応しくないと感じたらしい。
その後、暫くは親の後を継ぎデパートや小売店を相手に
ファッション関係の商売を安定して続けていたが、
時代の変化に職業の変更を余儀なくされた。
そこでも夫は技術者としての才覚を現し、
独学で映像の世界に飛び込んだ。
日夜、勉強を重ね、映像だけではなく
印刷業界やインターネット業界にまで精通し今を築いた。
歳を重ねてからも変わる事のない
標準からは完全に逸脱した破天荒でアクティブな行動は、
夫の知識や、更なる知識欲、ひいては、その才能によるものだと、
呑気で愚かな妻は体を心配しながらもホレボレと見ていたものである。
しかし夫は、やみくもに猪突猛進を繰り返していたのではない。
命を賭けて築きあげた仕事にも一応の区切りが自分の中であったのである。
57歳の時に「あと三年」と口にしていた。
60歳で頑張ることを止めて、
私と人生で初めてノンビリするのだと宣言していた。
だけど、それは病気を宣告された歳だった。
少年の時から続いていた「激烈に頑張る」という事を止められる計画が、
志半ばで断たれてしまったのである。
夫を褒めちぎる私に
「オレ、才能ないから猛烈に努力するしかないねん。それだけや」
とよく言っていた。
夫の生き方を改めて考えている。
夫が持つ知識や才能、努力の割りには
人生で花を咲かせたとは言えない。
きっと、こんなちっぽけなこの世ではなく、
壮大な宇宙の何処かで誰かが夫を絶対的に必要としていたに違いない。
だから、この世から旅立っていったのだ。
今ごろ又しても、夫を必要とする人達と最高のコラボレーションを
喜々として遂行しているに違いない。
それなら、私はどんな事でも耐えなければならない。
そんなことを考えながら夫の文章を読み進めている。