緩和病棟のスタンス|5月7日

夫が亡くなって、まもなく一ヶ月になる。
一ヶ月も一人で日々を過ごした。
でも、私の傍で常に見守り励ましてくれている気がするから、
夫が望む元気な私を取り戻そうと自分に言い聞かせ必死で生きている。
私のすべき事を生きている限り貫こうと思っているので、
緩和病棟という所が、
どのようなスタンスで患者を支えているのかを少しづつ書いてみたい。
まず、特筆すべきは「治療」という枠組みを外すと、
ここまで患者を尊重し、
家族の気持ちに寄り添ってもらえるのかを痛感するということ。
痛感では物足りない。
驚嘆すると言っても過言ではない。
大阪府立成人病センターの呼吸器内科で何が一番辛かったかというと、
突然、奈落の底に突き落とされた人間が、
何とか這い上がろうとする行為に一切手を貸さず、
出来ることも出来ないと言われ続けたことである。
現在の医療現場では珍しくも無い現象だと、
今になって冷めた目で彼らの言動を見ることができるけれど、
突然の宣告を受けた患者は、誰しも絶対に冷静ではない。
悲しいかな、夫が亡くなった今も
プライドを捨てた愚かな医師達によって
残酷な対応が当然のように実行されている。
しかし、緩和病棟は違った。
特に看護師さん達の奔走ぶりには目を見張るものがある。
ある意味、医師よりも患者の状態をしっかり把握し、
何が必要か、どうすれば患者はもちろん、
家族の気持ちを少しでも楽にできるかを考えている。
そして肉親でもないのに尽くしている。
夫は、緩和病棟に入院してからも私と二人だけの生活を望んだ。
治療病棟と違って看護師の出入りも頻繁ではなく、検査もほぼない。
しかし、夫は日に二度ほど様子を見に来る看護師や
清掃の人達の入室さえ嫌がった。
そして、ここでも私達夫婦の標準から脱線した独自の暮らし方があった。
薬は私が取りに行く。
掃除も私がする。
食事も毎日、夫が望むものを私が調達する。
夜中の見回りだけ、忍者のような忍び足で音を全く立てずにして頂いた。
最終的には、こちらからお願いしたわけではないが、
ドアのノックさえしない配慮をして頂いた。
ベッドも夫の介護用のベッドと私が寝るソファーベッドを横に並べて柵を外し、
同じ高さに揃えて、キングサイズのダブルベッドにした。
なんて静かで穏やかな生活なんだろう、と医療者側の大きな配慮に感謝した。
それでも私の体を気遣い、
少しでも助けることが出来るならどんな事でも言って欲しい、
と色々と提案して頂く。
ここは病院ではない。
夫が大好きな見晴らし抜群の高級ホテルのような生活を
短期間でも与えて頂いたことに闘病生活の中で一番感謝した瞬間だった。
ここでは患者の言葉が絶対的なものになり、
その言葉に忠実に誠実に医師や看護師が対処する。
正に天国と地獄の差とはこれを言うのか、と思いもした。
こんな死に方を私だってしたい。
日ごとの夫の様子は、いづれ掲載するつもりでいる。
漠然としたニュアンスでしか、今は書けないけれど、
少しでも緩和病棟が
絶望を抱えて過ごすところではないことを知ってもらいたいから、
夫亡き後、一ヶ月目の区切りとして、
私の小さな小さな義務感として。