会いたい|4月23日

夫が亡くなって明日で2週間。
早いとも遅いとも感覚がない。
私は夫が亡くなってあることに気が付いた。
真実は常に夫の中にだけあったということ。
私が夫の傍で一喜一憂し、ジタバタし、
情報をかき集めている姿を冷静に見守りながら、
そんなことをするまでもなく、
自分の置かれた状況を全て把握し、
受け入れ、自分の中で着々と気持ちの整理を付け、
親のような気持ちで私を見ていたこと。
私は一人になったら、
きっと後悔と懺悔の念に打ちひしがれる毎日を過ごすだろうと思っていた。
しかし、そんなものは全く襲って来ない。
会いたい。
ひたすら会いたくて仕方がない。
食事を一人でしていても、
ハラハラと流れる涙は会いたくて仕方がないから。
緩和病棟に入院して16日目に
オキノームでは押さえられなくなった肝臓の痛みの対処法として
持続皮下注のモルヒネを打つ時に
「今日は当直やねん」と言って、
わざわざ臨床腫瘍科の緊急時にお世話になった部長が来て頂き、
部屋を出てから私に
「誰もが通る道やからな、今は気ィ張ってるけど、体壊さんようにせなあかんね・・・」
と言われた。
この「誰もが通る道」という言葉は後々、私の心の奥深く留まり続けている。
思い返しても、夫は最初の一年ほどは
志半ばで人生を諦めなければならなかった状況にショックを受けウツ病にまでなった。
でも、あとの月日は、常に私を笑わせ、
あまりに爆笑する私に「オレって吉本入ったらダントツ、トップちゃう?」などと言っていた。
「ちゃうちゃう、チャンネル違うし」と返していたけど、
ホントは、どうしてこんな過酷な思いをしているのに、
こんなに穏やかでいられるの?と思うほどだった。
理由はひとつ。
もう夫の中ではとっくに決着が付いていたのである。
私に甘えているようでいて実は一人で考え続けていたのである。
夫は、男らしくて、でも超繊細で、聡明で、そして可愛い人だった。
「誰もが通る道」そう言うなら、
そこから筋道を立てて考えれば、必ず自分を救う道が開けるはず。
でないと最愛の人を亡くし、後に残った者は生きて行けない。
「考えろ!」と夫が言っている。
私が健やかで明るく長生きすることを夫はひたすら祈っていた。
それなら絶対考えてやる。
一人でも生きて行ける術を考え出してやる。