夫の選択| 2月28日

26日に「先生にお任せします」と言っていた夫は、
帰宅してから「治療を止める」と言い出した。
理由は、ホスピスに行くまで、
出来るだけ病院と関わる事のない時間を過ごしたい、
たとえ、効果があったとしても、
その命は自分にとっては価値のあるものではないこと。
完全に決定した夫は
「ハァ~スッキリしたぁ~!この三年数ヶ月、辛かったぁ~」
これが夫の今の本音。
私は改めて、今まで治療の選択も決定も実行してきた責任の重さを感じる。
「私が強要して来たね」の問いに
「それは違う、オレ自身、今までズルズル来てしまった、
お前の気持ちは充分わかってるよ、感謝以外は何もない」
と言うけれど、私の突っ走る強引な気持ちが、
夫の精神性に影響を与えないはずがない。
闘病中だけではない、結婚生活に於ける後悔の念も数知れない。
「辛かった」という言葉を私はどれだけ理解していただろうか。
夫の仕事は、今、構築しているものが三、四年先にしかお金に代わらない、
という類のもので、「構築」と一口に言っても、
それは正に血と汗の結晶のようなもので、
そのラストスパートの最中に末期がんの宣告を受けた。
そこで、全てを捨て去らなければならなかった夫の気持ちは、
私なんかに理解できるものではない。
一人で激烈な悲しみや無念に暮れ、鬱病にまでなり、
パワフルでアクティブで若々しい夫は、一気に歳を取った。
そして想像もできない苦しみの中、
やっと今の境地にたどり着いたのである。
私が涙を流しても、最早、夫が涙を見せることはない。
自分が亡くなった後の私の心配ばかりしている。
私がいったい何をして来たというのだろう。
お仕着せがましい介助をして来たに過ぎない。
これからは、総合病院だけとの関わりになる。
あとどれくらいの時間が残されているのか分からないけれど、
自分を戒めて夫の気持ちに寄り添わなければ、
人間失格である。