医療者と関わるスタンス| 1月5日

病気発覚後、4回目の年が明けた。
夫は相変わらず、よく食べ、よく寝て、
人生初めての自由な生活を過ごしている。
私は最近、このサイトを自分の感情を吐き出す場にしていたと反省している。
このサイトを立ち上げた理由は、
同じ立場にある患者さん達に
私の失敗も成功も一つの情報源として仕入れ、
少しでも知識を増やし、
自分の治療の参考にしてもらいたかったからである。
キレイごとではなく、
私のちっぽけなプライドとして偽り無く、そう思ってきた。
私は医療者ではないので、
個々の患者さんにとって何が最適かを述べる権利はない。
だけど、実際に取った私の行動で、
少しでも何かを感じ、前進するキッカケになれば、と今も思っている。
だから、去年、標準治療から離れて休眠クリニック、放射線科クリニック、
そして、緊急時の対応をお願いする
総合病院との関わりに関する見解を掲載したいと思う。
まず、言えることは、
標準治療の病院から離れるには、
必ず緊急時の対応をお願いできる病院の確保は不可欠だということ。
小さなクリニックは、
緊急時の対応に関しては殆ど無視状態と言ってもいい、
と考えておくべきである。
もっとも、大阪府立成人病センターでも、
年末年始だけでなく、土日、祝日の緊急対応も不可であることから、
小さなクリニックの状況は、充分看過できることと言えるだろう。
そして、医療と商売は、もっとも相性が悪いものだと思いがちだが 、
標準から逸脱した医療は、
多かれ少なかれ唯一の治療のように演出されていることは、
商売上、当然の事として理解しておくべきである。
小さなクリニックにとっては患者獲得の力の入れ方は当然、半端ではない。
何もしなくても、ブランド病院の名前に惹かれ、
連日訪れる患者が後を絶たないガン拠点病院とは訳が違う。
どのような不誠実な態度を医師が取ろうとも、
患者の数が減ることのない大病院と違って、
必要以上に誠実さやもっともらしい知識の披露は、
時には知ったかぶりをしても必要な場合がある。
今回の私の失敗は、
あまりにも何の疑いもなく、放射線科の主治医を信じた事にある。
診察の回数を重ねるごとに、その知ったかぶりは露呈した。
人間、知らないことを知らない、というのには勇気がいる。
ましてやクリニックの存続に少なからず影響を与えるのなら、
最大限、立派な医師を演じることは攻められることではないかもしれない。
このクリニックの医師たちは、
放射線科以外の知識は殆ど持ち合わせていなかったと思われる。
しかし、当然の事ながら、放射線科には偽り無く特化している。
それなら「抗がん剤のことに関しては、知識がない」と潔く言ってほしかった。
イレッサを始める判断を知ったかぶりをして決めてほしくなかった。
如何なる業界に於いても、ウソは受け入れられるべきものではない。
私はだからと言って、夫の間質性肺炎が、この医師のせいだとは言わない。
一週間後に再開したとしても、医療上のミスではないから。
抗がん剤という物の臨床の現場を知らなかった、
要するに経験が乏しかった、と言えるのだろう。
末期がんを患った患者にとって、
常に何かにすがりたい、という気持ちが存在する。
不信感は、医師を信頼したいという切実な思いの裏返しでもある。
標準から逸脱するためには、様々な準備が必要であるということ。
ひとりの医師に頼らないこと。
専門は専門分野に、そして専門外の話を安易に持ち出さないこと。
私は今、何の治療もしてもらっていない総合病院の主治医に
緊急で困った時だけお世話になっている。
その他大勢の患者のたった一人として扱われるはずの大病院で、
イヤな顔ひとつせず、最も親身になって頂いていると感じている。
「治療はしてないけど、セカンドオピニオンという形でもいいし、
何でも聞いてくれたらいいやんか」
と何時も飾らない言葉で元気付けてもらっている。
日本語完璧先生は、
私の最初で最後の買いかぶりだったようである。
患者側の教養に裏打ちされた確固たる選択や決定は、
如何なる医療者と関わっても不必要になることはない。
或いは、全てを医師に任せれば責任の所在が明らかになり、
医者ですら解らないのだから、と諦めが付くかもしれない。
しかし、真剣に病気と向き合っていれば、
言い換えれば一つしかない人生と向き合っていれば、
どんな立派な医師にも任せることの出来ない
本人や家族にしか分らない領域が必ず存在する。
である以上、今後も私は、医師に任せることはしないと思う。