「がん医療の今」を考える| 6月13日

治療に対する姿勢というものに対して、
医者もピンキリなら、医者から見た患者もピンキリと言えるだろう。
威圧感で患者の話を極力遮ってしまう医師がいるかと思えば、
馬の耳に念仏で、何を言われても右から左へ素どうりで、
自分の病態を全く把握していない患者もいるらしい。
そうなると医師側の立場も微妙だと同情する。
同じ立場の人間として、よくもここまで差が生じるものだと関心するほどの開きがある。
今やインターネットで、専門家によるセカンドオピニオンも可能な時代で、
主治医の発言に疑問が生じたり、説明不足だと感じれば徹底的に調べれば、
或いは医者からよりも多くの情報を得る事ができる。
後に順番を待たれている患者のことを考えると、
その場で解らないことも自宅に帰ればインターネットがあるからと、
私はいつも、そう思っているし、その方が気楽でもある。
ある調査から、患者が最も不満に感じている項目は、
医師の「説明不足」と「待ち時間」であるらしい。
これは、単に患者数の多さに対する医師側の人員不足という、
政府のデタラメな医療制度による問題、と片付けがちだが、
患者は、不眠不休で働く誠実な医師に
如何なる不満もぶちまけたりしない。
要するに、不誠実で職業意識に欠ける態度に我慢できないのである。
それが、「待ち時間」と「説明不足」という
表立った表現に繋がっているのではないだろうか。
現に常に患者優先で仕事をしている医者は、
自らの工夫で、あまり待たせないし、
説明方法も解り易く簡潔で的を得ている。
何よりも、テキトーではなく、
患者の訴えに真摯に耳を傾けようとする誠実さが存在する。
こうなると、患者は、できる限り協力的になるものである。
医師とて神ではない。
理解力の無い患者にイライラする事もあるだろうし、
厚かましい患者の態度にムカツキもするだろう。
医師という肩書きに過度な期待は厳禁である。
しかし、人間同士の関係として、
正当に相手を尊重できる状況下でなければ
両者の関係は成立しない。
もしも、あるまじき言動を感じたら、
はっきり指摘するのが患者側の誠意でもあると思っている。
不満を持ったままでは人間は相手を正当に評価できない。
胸に溜め込めば溜め込むほど、お互いの修復は不可能になる。
もちろん、どうあっても修復不可能な関係もあるだろうが、
そうなれば、さっさと関係を絶つしかない。
何気ない医師の配慮の無いたった一言によって、
患者の心に生涯の傷を負う場合がある。
末期がん患者と主治医の関係ほどシビアなものは無いとも感じる。
しかし、患者にとって、目の前の主治医だけが全てではない。
全国には、忙しい合間をぬって、
市民に対してボランティアで
セカンドオピニオンを行っている医師の団体が存在する。
セカンドオピニオンの重要性は理解していても、
何軒も回れば、多大な費用が発生する。
しかし、無料や些少の費用で、
かなり親切に疑問に答えてくれる機関が必ず存在する。
そして、数多くの優秀な医師達は必ず見方になってくれる。
視野の狭い未熟な治療で、
貴重な人生を台無しにすることは極力避けなければならない。
治らない病だからこそ、その時々のプロセスを大事に経過することが、
私達末期がん患者や家族の義務なのではないだろうか。