成すべきこと | 9月25日

私が今、成すべきことは
夫の気持ちを出来る限り汲み取って、
その気持ちに沿い希望を叶えるべく身も心も奔走する事であり、
それが私の義務であり宿命だと思っている。
しかし、その気持ちとは裏腹に
一日でも一緒にいたいという
私自身の言わば煩悩が義務感を追い越す時がある。
私は仏教を知らないし、煩悩の定義も何なのか理解していないが、
どうも根拠なくフラフラと揺れ動く薄っぺらい気持ちが邪魔をして
目的意識が明確になっていないと感じることが多くなって来た。
仏門に入っている人は
さぞかし、如何なる場合も進むべき道が明確なのだろうなと思ってみたりする。
私自身がふらついていると、
夫はもっと苦しいはずで支える側としての任務は果たせていない。
若くもない妻が夫に出来る限り一緒にいたいなどと、
もっとマシなことを深く考えられないのかとつくづく思う。
気持ちの上辺を行き交う怠慢な感情は何の役にも立たない。
こんな時くらい凛とした人間になりたいけれど、
生まれつき、およそ掛け離れた性質はどうしようもない。
僧侶に説法でも聞けば少しはプラスになるのかな、とか。
しかし、どうも頭に浮かぶのは
思いきり生臭い坊主の顔だったりして、
それもしっくり来ない。
ところでTS-1を中止して3日目だが、
早くも副作用かと思われた生あくびや立ちくらみの症状は無くなった。
体力温存の目的は、とりあえず果たせたかもしれない。