記憶力と時間の関係 | 9月3日

8月31日は夫の誕生日だった。
これで病気が発覚してから2回目の誕生日を迎えたことになる。
今までもお互いに、
取り立てて誕生日を祝うという事をして来なかったし、
この様な状況になったからと言って
特別に時間の流れを気にするのも私の性分ではない。
しかし、それにしても最近の日が経つ早さには驚きを隠せない。
どうも、これは歳を取るに従って強く感じるようである。
小学生の頃なんて、6年間が異常に長く感じていた記憶がある。
子供の行動は常に新鮮でマンネリズムがない。
朝、起きてから授業を6時間受けて、
帰ってから宿題をして遊んで、それでもまだ夕方で、
一日が延々続いて行く感覚があった。
一日でさえ長いのに6年間なんて、
いったいどれだけ寝れば気が済むねん!的雰囲気が子供ながらにあった。
それが歳を重ねるごとに一日の過ぎる速さが、どんどん増して行く。
ふと、いったいこれは何なのか、と考えてみる。
夫の病気が発覚した当初の半年ほどは
2、3年にも相当する長さに感じられた。
色々なことがあまりにも一挙に押し寄せた為に、
抱えきれない苦悩に毎日が長く、つらかった。
その時々の記憶が鮮明でキョーレツ過ぎて忘れるどころではなかった。
しかし、何となく時を過ごしていると記憶も曖昧で、
余程印象深い出来事がない限り記憶の中に焼きつくことが無い。
即ち平凡な毎日の生活を連続して覚えているなんて有り得ない。
その時々で印象深く残っていることだけを思い出す。
従って殆ど忘れている分、「あっと言う間」と思ってしまうようである。
ほとんどの人が平凡で幸せな生活を営んでいる。
だから、平凡で幸せな程、日が経つのが早いのだろう。
では最近の私は平凡で幸せなのだろうか。
少なくとも身も凍るような気持ちで
大阪府立成人病センターに
恐る恐る足を踏み入れていた2010年当初よりは
幸せと言えるのかもしれない。
それともう一つ、
歳を取って記憶力が格段に劣って来たというのも多いにある。
覚えている事が少ないから時間が何処かに飛んで行ってしまっている。
私も、もう充分生きたな、と実感する。

ところで、やっと画像が入れ替わった。
「陰気くさい」を連発する私を
見るに見兼ねた夫が
私の大好きなネコの写真に入れ替えてくれた。