上層部のスタンス | 6月23日

私は27年間、
夫と小さいながら会社を経営する立場上、少なからず人を雇ってきた。
若い頃は同じ年代の社員の上に立つ事が難しくて仕方なかった。
経営者にもなれず、社員にもなれず、
落ち込む毎日を過ごしていた。
今は夫がこういう状況になって
全てを清算することを余儀なくされたので、
老後の仕事の範疇でしかなく、
思い巡らすのは過去の事ばかりになるけれど、
こういう状況になって改めて考えることも多い。
医療者との人間関係を築く上で色々考える。
私は長年、経営者の対場で社員を見て判断をして来た。
そして、それぞれの社員には
私から見たイメージというものが存在する。
しかし、これはあくまで私から見た社員のいち側面でしかない。
同僚から見たらどうか、
更に後輩からはどうか、
客から見れば・・・。
大して変わらない場合もあるかと思えば、
およそ信じられないイメージのギャップがある場合もあるだろう。
現にかつて、とんでもなく信頼していた社員のイメージが
同僚からの相談によって
想像だにできない側面を持っていることを思い知らされた事がある。
しかし、これは立場をコロコロ変えることが可能なら、
簡単にその人の側面を多角的にとらえられるだろうけど、
悲しいかな私は永久に経営側の人間で社員にはなれない以上、
私が、その社員から受けるイメージは全く変わるものではなかった。
社会生活が縦の関係で成り立っている以上、
当然、上には誠実、下には不誠実という図もあり得る。
この「不誠実」は上層部には永久に写らないものかもしれないけれど、
或いは、その様な可能性があることは
上に立つ人間として頭に置く必要のある項目ではないか。
それは大人の社会だけでなく、
学校に於ける「いじめ」も
教師が生徒のいち側面しか捉えられなかった事による悲劇のような気がする。
勉強も出来、スポーツも出来、
教師から見れば何の問題も感じない生徒が、
ある生徒にとっては時に悪魔と化す場合もあるのではないか。
上から目線の一定のイメージというものを固定化させてはいけない。
上層部のスタンスとして、
配下の人間に対するイメージというものは、
その人の一側面でしかない事、
あらゆる項目を柔軟な思考回路で対処すべきだと思う。