振り返って | 6月11日

病気発覚から1年と8ヶ月が経った。
夫も私も精神的に、今が最も安定していると言えるかもしれない。
振り返ってみると、
当時は自分の命の短さを思い知らされる事に衝撃を受ける中、
会社を経営している立場上、様々な清算を余儀なくされ、
地獄の底で、その行為を淡々と続けなければならなかった。
そんな中、更に病院に足を運ぶ度に
心に往復ビンタを被る日々を過ごしていた私は、
もはや人間に虐待を受け続けた野良犬のように
気持ちがすさんでいたと言える。
刺々しく神経を立て続け、
医療不信の渦にどっぷり浸かりきっていた。
夫と知り合った当初、
貧乏人のくせに箱入り娘だった私は、
社会機構も商売が何たるかも殆ど知らず、
夫から徹底的にその基本を教育された。
「支払いは一日たりとも遅れるな」
「時間厳守 」
「感情で発言するな」
「相手の身になって考えろ」
「困難にぶち当たったら24時間考え続けろ」
挙げるときりがないくらい、生活の中で教えこまれた。
その、どれもが、人間関係の信頼を勝ち取る事の難しさを言うものであった。
企業間の商売に於ける信頼関係は、
ちょっとやそっとで構築できるものではない。
長年の地道な積み重ねによって、少しづつ築いて行けるものである。
しかし、ちょっとした気の緩みや怠慢な姿勢によって一瞬に崩れるものでもある。
何十年もかけて築いて来た、
そんな大事な関係や膨大な技術の蓄積を
全て捨てなければならなかった夫の苦しみは
私のような、ちんけな人間に解るはずもない。
今も仕事は続けているが、
将来の無い人間に責任が持てない以上、
それは夫にとっては、もはや仕事と呼べるものではない。
二人とも今は、80歳も過ぎた老人のように静かに日々を過ごしている。
それは必然が生み出した生活形態に他ならないが、
或いは私達の理想とする形が、そこに存在しているような気もする。
もう一つ、当時から見ると、
治療の主導権が随分、患者に移って来た感がある。
治らない病を患った患者の希望を優先するという姿勢は
私達の気持ちを穏やかにする。
全ての医療関係の方々に、
今、こうして元気に過ごせていることを感謝したい。