診療記録の必要性 | 6月2日

私が必要とする診療記録とは、
エックス線、CT、MRIの画像と血液検査データー、
及びそれぞれの画像の所見を指す。
それ以外は夫の場合、私が必要とするものは今のところない。
この間、大阪府立成人病センターの
総務リーダーと呼ばれる方との会話の中で、
画像所見という物は、
それそのものを患者に渡すのではなく、
主治医がそれを読み解いて自分の考えも入れ、
説明するものであると言われたが、
私はそうは思わない。
主治医が読み解き、そして、患者に手渡すものであると確信する。
「診察」という名のもとに
短時間与えられたリアルタイムの枠の中で、
あまり密度の濃い話を展開できるはずも無い事は、
お互いに暗黙の了解としてある。
主治医は何十人もの患者を抱え、
それぞれの患者の全てのデーター及び所見をインプットする事は不可能で、
1、2ヶ月をさかのぼってまで患者の病態を細かに記憶できるはずもない。
それは、むしろ患者の仕事であると思っている。
診察の時間内では思いつかなかったことも後でデーターを紐解くことで、
ゆっくり頭を整理し、考えられる。
その上で次回の診察時に聞きたい事をメモっておく。
診察時間を充実させるために、行き当たりばったりではなく、
事前に患者側の準備は不可欠であると思う。
そもそも医療不信は、
医師の不誠実な態度に多く起因するものであるとは思うが、
患者側の意識レベルの低さが原因している場合もあるだろう。
自分の病態をしっかり把握する為に診療記録は必需品になってくる。
お互いが同じ目的の下に
円滑に人間関係を継続する為に
無くてはならないものであると確信している。
従って、総務リーダーの言われる、
その時に主治医が画像の所見をもってして説明すればいいでしょ、
というのは短絡的思考のような気がする。