自由と義務 | 4月29日

大人になると、生きる為に何らかの職業に就かなければならない。

その職業の選択権は、ほぼ100%本人の意思に委ねられる。

例えば医者の場合、

その肩書きにのみ魅力を感じた不純な人も、

医者になって困っている人を助けたいという立派な人も

動機が何であれ選ぶのは自由。

しかし、医者になった暁には、

分け隔て無く、しっかりと義務が待っている。

義務にもクオリティーがあるけれど、

私は最低限の義務は聞かれた事には誤魔化さず分りやすく説明すること。

そして、医者としての頭脳と神経を患者のために働かせることだと思っている。

来る日も来る日も多くの外来患者の診察に嫌気がさし、

何を聞いても邪魔くさそうにしてみたり、

そのうさばらしをヒステリックに患者に向けみたりする得体の知れない人種が

各地に存在するようだけれど、そんなに嫌なら止めればいい。

止める自由は今も何ら変わりなく本人にある。

そんな医師もどきは、どうせ業界でも期待されてもいないだろうし、

止めてくれた方が患者の為になる。

しかし、絶対に止めない。

元々、人を見下すための肩書きくらいにしか思っていない人間にとって、

自分の地位の位置づけが極端に捻じ曲がっているから

止めてたまるか、というところだろう。

それなら義務は担わなければならない。

常に自由と義務は表裏一体である。

それを忘れてもらっては困る。

どんな仕事でも選んだ責任がある。

それを担えないなら止めればいい。

大阪府立成人病センターで、

そんなことを考えながら夫の診察を待っていた。