末期医療の異常 |2月1日

病気が発覚して確実に一年と三ヶ月が過ぎた。

宣告当初は肺がん末期に関する知識が皆無であった事から、

私は完全に夫の命が数ヶ月しか残されていないと思い込み、

まるで沈没寸前のタイタニックに乗っているような

切羽詰った言いようの無い恐怖に突き落とされていた事を思い出す。

あれから、随分、様々な情報を入手し、

素人なりに不出来な脳を動かしてきた。

気持ちの変化も色々あった。

そして、夫は私とは桁違いの思いで

今までの時間を過ごして来たに違いない。

そんな中ここに来て、

末期がんに対する医療体制の頭を傾げる異常さに

腹立たしさが込み上げてくる。

最初は抗がん剤に対する知識が無かったから、

主治医の提案する薬剤の恐ろしさも、

エビデンスを盾に猛威を振るう医者のエゴも

全く見抜けなかったけれど、遅ればせながら

自分の身を守る術をその医師から学んだ。

私は医学を志し、その教養を身に付けた人間が

学問を保身の為だけに使う事の現実の恐ろしさを知らなかった。

考えてみれば、末期がん患者の治療に携わる世の中の医師の殆どは、

エビデンスと言う如何にも聞こえの良さそうな単語をちらつかせ、

現場での患者の切実な副作用は無視し続けて、

ひたすら奏効率を上げることに興味を示している。

なにがインフォームドコンセントで、なにがクオリティーオブライフ?

よくもぬけぬけとそんな言葉が飛び出すものだとあきれる。

カルボプラチンとパクリタキセルなんか

生涯、末梢神経の重い副作用で歩けなくなっている人も数多くいるし、

ましてや標準投与量のシスプラチンを含むレジメンなんか

腎機能が破壊されたままで、ガンで体調が悪いのではなく、

腎機能の悪化でズタズタになっている人は

私の周りだけでも数え切れない。

今からの短い人生を出来るだけ苦しめと

言わんばかりの医療体制が不思議でならない。

明らかに患者は騙されている。

臨床試験の輝かしい結果に則った標準治療だから、

何があっても後でとやかく言われないであろう

と言う自己保身の治療に過ぎない。

大阪府立成人病センターの待合でも

何度か聞いた「先生に全てお任せします」は自殺行為以外の何物でもない。

間違ってもこれだけは言わないで欲しい。

医療者側のいい餌食になると言っても過言ではない。

末期がん患者の90%以上が

「抗がん剤治療は一切しません」という時代になれば、

この医療体制は大きく変わるような気がする。

言い換えれば、患者側が医師にことごとく反論しないかぎり、

怠惰な医療者は患者の気持ちに付け入り、

あぐらを掻き続ける事は間違いない。