ホスピス見学 | 1月25日

夫の病気が発覚してから、ずっと気になっていたホスピスの見学に行って来た。

発覚当初は、とにかく薬剤の情報収集に躍起になっていたが、

二人とも頭の片隅には常に存在する事柄ではあった。

電話を掛けると、担当に変わると言われ、

出て来た人は何とも事務的な、

全人的な終末期医療を掲げる施設としては

少し的外れな雰囲気が否めない人だった。

約束の時間に行くと、事務の人に、まず病棟内の施設や個室を案内された。

確かに病院の無味乾燥なイメージは殆ど無く、

病室の扉や家具類は全て木目調の上質な家具で統一され、

患者や家族が集うラウンジにはピアノがあり、

ソファーもロココ調の座り心地の良さそうな物が設置されていた。

ここは全室が個室で有料と無料があり、

部屋の広さや日当たり、家具に若干の違いがあるらしい。

有料の方を見学させてもらったが、ベッドを除くと、

まるで家具つきワンルームマンションのようで、

大阪府立成人病センターの個室とは流石に雲泥の差である。

一通り見て回った後、電話で説明を受けた人に話しを伺った。

あらかじめ、こちらの質問事項を用意してあったので、

色々と聞きたい事を順番に聞く予定であったが、不安は的中。

夫はうつ病を発生しているので、精神的な緩和にも、

きめ細かく対応してもらえるかと言う質問に、

「ここにはそんな人はいない」、

もう一つ、こちらは消化器専門の病院だが、

呼吸器のがんも終末期の緩和に関しては同じと考えられるのかの質問に

「いや、それは呼吸器専門の総合病院に行ってもらわないと」の返答。

この人アホ?

あまりのチグハグな返事に嫌気がさし、

いくら時間を共有しても意味が無いことを悟り、

適当に差し障りのないことを二、三質問し、そそくさと帰って来た。

この人はマネージャー的立場と理解したが、

全国でも数えるほどしか無い、

それも最も表現の難しい施設の存在を説明するには何ともお粗末な人材の配置に、

またしても「こんなもんか」と落胆しつつ帰路に着いた。

帰る電車の中で色々考えた。

重要なのは緩和医療を施す医師が問題であり、

その医師とは情報提供をした後でないと会えない以上、

今の段階では判断がつかない。

こんな重い場所にも体験入院とやらが有るそうで、

一週間入院してから決めることが出来るらしい。

しかし、どこへ行っても感じることは、

日本人と言うのは上の命令に忠実と言うか、

応用が利かないガチガチ人間というか、

更には、こんな終末期の施設にも捻じ曲げられたクリニカルパスが鎮座ましてるというか、

医療業界の目まぐるしい体系の変化が、

必ずしも患者にとってメリットに働いているとも思い難い現実を感じる。

私はホスピスと言うスペースは、

人に迷惑を掛けない範囲で、出来る限りのわがままを

あらゆる意味で叶えてもらえる場所だと理解している。

そうでないと意味がない。