信頼関係 | 5月28日

引き続き院長宛の手紙の件。
思った通り夕方4時過ぎになっても患者相談室から連絡が無いので、
もう一日待つ事の意味も見出せず結局電話を掛けた。

すると、この件は総務の方に回ったので、
相談室からの連絡はしなくていいと言われたらしい。
またしてもここで引っかかる。
なぜ相談室から連絡をもらうことで私は電話を切っているのに
勝手に総務に話しが回り、挙句、連絡しなくていいとなるのか。
相談室と総務の上下関係は明らかと言えるから、

それなら連絡をしなくていいと言った総務の人間が、
私に電話を掛けてくるのが筋と言える。
そう言われて、ハイそうですか、と言う訳には行かない旨を話すと、
随分待たされてから、総務リーダーと呼ばれる方が電話に出てきた。
私が出した手紙は院長に渡される前に総務でシャットアウトされているらしい。
これは院長が考える問題ではなく、病院が決定することなので、と言われた。
2週間放置していた訳ではない、それぞれの部署で確認していたに過ぎないと、
まぁ想定内の答えだった。
しかし、その内、その内と放置される事を懸念して、
進展状況の報告を診察のある6月7日までに約束してもらった。
主治医を疑っているのか、という質問があったが、
それは全く手紙を理解していない。
とにかく、大阪府立成人病センターでは、
CTやMRIの専門家の所見は患者には渡せないらしい。
今もって意味が分らない。
全ての項目は疑問から始まり議論へと発展する。
そして面識のない他人同士は全く信頼関係がない。
議論を展開する中で納得がいかないと不信感が芽生え、
益々信頼関係を築けない。
しかし、議論の中で納得し、そして相手の誠実さを見出すと
許容量がケタ違いに多くなる。
信頼するということは努力するものではない。
お互いの思いやりの中で育まれるものであると思う。
思いやりなんて不信感の中では当然生まれない。